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東京都東久留米のマンホール [各地のマンホール]

■2013年07月07日■

★る~ぴょん★が画像を送ってくれました。いつもありがとう。
今までにも頂いた画像がありますが、今度はカラーですよ。
o(*'▽'*)/☆゚'・:*☆

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■2011年11月14日■

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イチョウですね。

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中央の模様は勾玉の形をしていて、「東久留米」の「ひ」の字をメカニックにデザインし、円という静止の状態から外へ飛躍しようというイメージを表現し、新しく発展していく東久留米市を象徴しています。

★る~ぴょん★が画像を送ってくれました。いつもありがとう。

市の木「イチョウ」は、優雅で、緑濃く、公害に強いなど、都会的な樹木です。特に秋の黄葉はみごとで、その落葉の景観はすばらしく、本市のシンボルとしてふさわしいものです。
市の花「ツツジ」は、だれにでも親しまれ、植樹もしやすい家庭的な花で、色鮮やか、しかも群生の美しさと優雅な芳香は市民に親しまれる要素として十分なものがあります。
市の鳥「オナガ」は、スズメ目カラス科の鳥で、四季を通じて本市に生息しています。オナガどうしは仲がよく、力を合わせて事に当たるという習性があり、市の鳥としてふさわしいといえます。

東久留米市は、都心から北西へ約24キロメートル、武蔵野台地のほぼ中央に位置し、北東は埼玉県新座市、西は東村山市、南は西東京・小平の2市、北は野火止用水を隔てて清瀬市に接しています。標高70メートルから40メートルの範囲を西から東へなだらかに傾斜し、市の中央を黒目川・落合川が東流し、その他の小流も北東に流れています。地下水も豊富で、谷地には数個所の湧(ゆう)水が見られます。

明治22年(1889)に久留米村が誕生しましたが、その名称は市内を流れる「久留米川」から付けられたというのが一般的な説です。現在の黒目川は、江戸時代の文献や石碑に「久留目川」・「来目川」・「来梅川」と書かれており、明治政府が編纂した『皇国地誌』には「久留米川」と記されています。このように、普段親しまれていた川の名前が村名になるほど東久留米は水の豊かな場所なのです。
 昭和45年(1970)に市制が施行されますが、福岡県久留米市と行政的な混同を避けるためや、当時の町民から親しまれていた駅名の「東久留米」を希望する声も多く、現在の市名が決定されました。


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日本各地、本当にたくさんのマンホールがあります。とてもとても集めきれませんが、皆様のお住まいの町にもきっと素敵なマンホールがあるのでしょう。是非ともお写真をいただけたらうれしいです。
100キロ程度の画像でしたら
http://takashi-fukuyama.blog.so-net.ne.jp/2011-04-01-1にございます★まっとらんど★掲示板に写真をアップロードしていただくことができます。
また、メールフォームからも写真の添付ができるようになりました。是非ともご利用いただき、お写真を頂戴できましたら、とってもうれしいです。
http://takashi-fukuyama.blog.so-net.ne.jp/2011-03-31-3←こちらのメールフォームをご利用ください。
何卒よろしくお願いいたします。
HN,ブログやHPのURL、マンホールを撮影した場所などコメントを添えてお送りいただくととてもうれしく思います。

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