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埼玉県所沢市のマンホール [各地のマンホール]

■2014年8月4 日

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ネットのお友達の★る~ぴょん★から画像を頂きました。

今日は埼玉県所沢市のマンホールのお土産。
「ところん」っていうんですって。(★る~ぴょん★談)

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ちょいとかわいいかも・・・.:♪*:・'(*⌒―⌒*)))ニコッ♪


■2011年9月29 日
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★る~ぴょん★から画像を頂きました。

■埼玉県所沢市
http://www.city.tokorozawa.saitama.jp/

地名の由来
所沢の地名の由来は、実のところはっきりしません。
 室町時代(むろまちじだい)の京都(きょうと)の道興准后(どうこうじゅこう)という僧侶(そうりょ)が旅をする中で、所沢を訪問したさいに観音寺(かんのんじ)という寺でもてなしを受けました。その感想を、「野遊(のあそび)のさかなに山のいもそへてほりもとめたる野老沢(ところさわ)かな」という歌として残(のこ)しました。
 この「野老沢」の「野老(ところ)」はヤマイモ科の植物のことです。ところざわという地名と「山のいも」をかけた歌になっています。このことから、所沢の地名の由来を説明するときには、このトコロに由来すると説明されることが多いようです。
 もてなしを受けた観音寺は、現在の新光寺(しんこうじ)(宮本町)だと言われています。
(公式ページより)

市の木:いちょう
 街路(がいろ)や学校(がっこう)の校庭(こうてい)などに植(う)えられ、市民(しみん)に親(した)しまれています。葉(は)は扇形(おうぎがた)をして、秋(あき)には黄色(きいろ)になって散(ち)ります。実(み)はギンナンといって食用(しょくよう)になります。また、大気汚染(たいきおせん)にも強(つよ)い落葉樹(らくようじゅ)です。


市の花:茶の花(白)
所沢地方(とことざわちほう)は、狭山茶(さやまちゃ)の産地(さんち)として名(な)が高(たか)く、初冬(しょとう)には茶(ちゃ)の白(しろ)い花(はな)を多(おお)くみることができます。葉は若芽(わかめ)をつんでお茶となります。


市の鳥:ひばり
 麦畑(むぎばたけ)などに巣(す)を作(つく)り、空中(くうちゅう)でほがらかにさえずります。以前(いぜん)は、市内(しない)でよくみかけることができました。

■航空発祥の地■
明治44年、徳川好敏大尉(とくがわよしとしたいい)の操縦するフランス製の複葉機(ふくようき)アンリ・ファルマンは、わが国で初めて公式飛行場での飛行に成功しました。その舞台となったのは所沢飛行場です。現在の航空記念公園周辺です。「航空公園」と呼ばれて、みんなの憩(いこ)いの場所として親しまれているこの公園の一角で、今も飛行場だったころの名残(なごり)に出会うことができます。

 所沢は、かつては基地のまちと言われ、市の中央部は広大な飛行場で占められていました。この飛行場が「航空発祥(こうくうはっしょう)」の舞台となったのです。昭和20年の第二次世界大戦終戦から所沢飛行場は米軍基地として利用されていましたが、多くの皆さんの望みがかなえられて昭和46年に敷地の約6割が返還されました。現在は約7割が返還されています。

■日本で最初の飛行場■
 20世紀初頭は、日本の航空技術は遅れていたので、国産の飛行機はありませんでした。そこで、技術が進んでいたフランスとドイツから、操縦(そうじゅう)を習い、飛行機を買いました。フランスからは、「アンリ・ファルマン機」と「ブレリオ機」が、ドイツからは「ハンス・グラーデ機」と「ライト機」が運ばれました。そして1910年12月、東京の代々木で、アンリ・ファルマン機が日本で初めて空を飛びました。翌年の1911年4月1日に、日本初の飛行場として所沢飛行場が開設されました。所沢は東京から近距離にあり、雷が少なく、高圧線もないことなど飛行に適した場所として選ばれました。

■所沢での初飛行■
 日本で初飛行に成功した徳川大尉が操縦するアンリ・ファルマン機が、1911年4月5日、所沢で800メートルの距離を10メートルの高さで飛行しました。これが所沢飛行場での初飛行となりました。当日は、早朝にもかかわらず、大勢の見物人がやって来ました。食べ物を販売する屋台ができるほどのお祭り騒ぎになったそうです。

■悲しい出来事■
 当時の飛行機は、今の飛行機に比べてもろく、天候の影響を大きく受けたため、飛ぶことは命がけでした。機体がどのくらいもつかなどのデータも無く、操縦の知識も不足していたため、小さな墜落事故(ついらくじこ)はよくあることでした。そして、ついに悲しい出来事が起きてしまいました。1913年3月28日、東京の青山で公開飛行を終え、所沢飛行場に帰る途中のブレリオ機が、突風(とっぷう)を受けて翼が壊(こわ)れ、所沢飛行場近くの松井村(現在の牛沼)に墜落しました。操縦していた木村・徳田両中尉が亡くなり、日本で最初の航空犠牲者(こうくうぎせいしゃ)となりました。墜落した場所に、両中尉の銅像が建てられましたが、その後、所沢航空記念公園へ移されました。

 所沢飛行場の跡地には、道路ができて、住宅が建てられました。また、所沢航空発祥記念館や東京航空交通管制部もできました。所沢は今でも飛行機に深くかかわりのある場所なのです。



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日本各地、本当にたくさんのマンホールがあります。とてもとても集めきれませんが、皆様のお住まいの町にもきっと素敵なマンホールがあるのでしょう。是非ともお写真をいただけたらうれしいです。
100キロ程度の画像でしたらhttp://takashi-fukuyama.blog.so-net.ne.jp/2011-04-01-1にございます★まっとらんど★掲示板に写真をアップロードしていただくことができます。
また、メールフォームからも写真の添付ができるようになりました。是非ともご利用いただき、お写真を頂戴できましたら、とってもうれしいです。http://takashi-fukuyama.blog.so-net.ne.jp/2011-03-31-3←こちらのメールフォームをご利用ください。
何卒よろしくお願いいたします。
HN,ブログやHPのURL、マンホールを撮影した場所などコメントを添えてお送りいただくととてもうれしく思います。

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