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埼玉県朝霞市のマンホール [各地のマンホール]

■2011年9月24 日
DSCN1812

★る~ぴょん★から画像を頂きました。

■埼玉県朝霞市
http://www.city.asaka.saitama.jp/index.shtml

昭和7年(1932)、東京ゴルフ倶楽部の移転を契機に、膝折村は町制施行し、朝霞町になりました。やがて、戦時色が強まるなか、いくつかの軍事施設が移転してきました。 そして、終戦を迎え、こうした施設には、アメリカ軍が進駐し、キャンプ朝霞がつくられました。この後、約30年間にわたり基地の町として歩むことになりました。昭和35年には自衛隊が駐屯することになりましたが、一部でアメリカ軍基地としての機能は存続していました。昭和49年に基地返還要求運動が盛り上がり、ついにキャンプ地のほとんどが日本に返還されました。
 その後、高度成長につれて東京のベッドタウンとしての都市化が進み、急激な人口増加をみるようになりました。この傾向は、昭和48年の石油ショックや最近のバブル崩壊後も、ゆるやかになったものの、続いています。 そして、昭和42年3月15日、県下27番目の市として市制を施行。当時、5万6千人余りであった人口も現在(平成16年1月)では、12万3千人余りを数えています。 キャンプ朝霞の跡地に小学校をはじめ、陸上競技場などの各種の公共施設が整備され、市民のスポーツ・文化活動、さらには憩いの場として利用されています。 
 昭和48年には国鉄(現・JR)武蔵野線が開通し、東武東上線・営団地下鉄有楽町線の相互乗り入れが実現するなど、都市としての利便性も一段と高まってきています。
 また、昭和59年に始まった市民まつりは、平成7年から「朝霞・彩夏祭」の愛称で呼ばれ、朝霞の夏を彩る市内最大のイベントとして多くの人でにぎわいます。これからも多くの市民に愛され、新しい朝霞の文化となっていくことでしょう。
 朝霞市では今、文化財に代表される古くからの伝統と、彩夏祭に代表される新しい文化が一つとなり、新たなまちづくりが進められています。
(公式ページより)

市の木 ケヤキ  
関東地方を代表する木で、多くは並木、屋敷林として利用されています。落葉の高木で、力強さがあり、丈夫な木です。

市の花 ツツジ
花色は多種で開花期は4~6月です。繁殖が容易で、花壇や盆栽として親しまれています。サツキも含まれます。



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日本各地、本当にたくさんのマンホールがあります。とてもとても集めきれませんが、皆様のお住まいの町にもきっと素敵なマンホールがあるのでしょう。是非ともお写真をいただけたらうれしいです。
100キロ程度の画像でしたらhttp://takashi-fukuyama.blog.so-net.ne.jp/2011-04-01-1にございます★まっとらんど★掲示板に写真をアップロードしていただくことができます。
また、メールフォームからも写真の添付ができるようになりました。是非ともご利用いただき、お写真を頂戴できましたら、とってもうれしいです。http://takashi-fukuyama.blog.so-net.ne.jp/2011-03-31-3←こちらのメールフォームをご利用ください。
何卒よろしくお願いいたします。
HN,ブログやHPのURL、マンホールを撮影した場所などコメントを添えてお送りいただくととてもうれしく思います。

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