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Chinto物語 その32 [Chinto物語]

■ヒヤチント物語 (NO.32)
前回の物語の中に、誤りがございましたので、謹んで訂正申し上げます。前立腺を3分の2切ったようになっていましたが、切ったのは、ガンが見つかった胃でした。ゴメンナサイ。
今日は,弓道のことに触れてみたいと思っています。足の骨折の後、リハビリを兼ねて、天白のスポーツセンターのプールに時々、母さんと泳ぎに行っていました。私は、出身が海に囲まれた五島ですし、京都の三高時代は水泳部に所属していましたので、泳ぐことは大好きで、プールにもリハビリを兼ねてとはいえ、全然,抵抗は無く、プールに通っていました。ある時、確か平成4年だったと記憶していますが、母さんとプールに行く為、天白のスポーツセンターに入り、掲示板を見たら、弓道教室の生徒募集の掲示が出ていたのです。母さんに弓道教室に入ろうかなと言ったら、びつくりしたような顔をしてました。実は、幼少の頃,弓をやっていたことを。母さんにも話してなかったようでした。実は、子供の頃、上海で、父、清一郎が羽織、袴を着て弓道に熱中している姿をみて、上海中学で、5年間、弓道部に所属していたのです。その後、三高には弓道部が無く、名古屋にきてからも弓の事は、全然、頭になく、たまたま天白のスポーツセンターで弓道教室の掲示を見て、弓のことが頭に蘇ったのです。自分でも不思議に思いました。そのように母さんに話したら、納得して、是非、弓道教室にと逆に薦められて平成4年4月に天白の弓道教室に入りました。その後、今にいたるまで、弓に凝りにこった毎日を楽しく過ごしています。明日も弓の話になりそうです。


■★まっと★のコメント
やっぱり3分の2をきったのは胃でしたね。ちょっとだけ若い分、★まっと★の記憶も正しいのでしょうか?
父・徹を弓道に誘ったのは祖父・清一郎ということになりますね。祖父の羽織、はかま姿を見て弓道に魅かれていったわけですね。不思議なものだと思います。父・徹が週末の早朝から隣人の迷惑を気にすることも無く、オーディオで最大級のボリュームによるクラシック音楽を楽しんでいたことが、今では★まっと★自身を音楽に誘ったのではないかと思います。音楽の世界に身をおくことに最大の幸福感を感じている現在、家族の中で代々、父親が息子に何らかの影響を与え、その影響が息子の人生の内容を一段と充実していくものなのですね。家族とは本当にすばらしいものだと思います。
弓の話は確かに成長過程では耳にすることが無かったように思います。ただ、記憶として祖父・清一郎の羽織・はかま姿の写真が僅かに残っているだけですね。

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コメント 3

KOZOU

弓は体にはもちろん、精神にもとてもいいでしょうね。
道を究めることは苦しいこともあるでしょうが、楽しいでしょうね。
家族はほんと無言の影響を与えるようですね。わたしも意識はしていなくてもオヤジとかに仕草とかもにてきたような(^_^;)
by KOZOU (2009-04-24 00:36) 

★まっと★

KOZOUさん(●⌒∇⌒●)
やはり祖父の影響も大きいと思いますが、
人生、現役を引退するまで父は我々家族にも弓道のことは何一つ話さなかったです。
by ★まっと★ (2009-04-24 05:44) 

gyaro

身近な人にも話していない事って、
けっこうあるかもしれませんね^^
by gyaro (2009-06-24 14:47) 

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