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エッセイ『通学そして帰路』(少年期) [『ぶん★文★ぶん』]

学校法人・南山学園 南山中学高等学校は名古屋の東よりにあります。そして、★まっと★の自宅はもっと東で、名古屋の端です。だから、通学の時間もバス通学ではありましたが30分ほどで決して遠いほうではありませんでした。名古屋市外から、または県外からの通学者もいましたから近いほうだということですね。しかし、学校と自宅の位置関係から、帰宅時にはどうしてもほかの生徒たちとはまったく反対の方向へ向かうバスに乗ることになるわけです。殆どの生徒たちは名古屋の中心地、または、中心地にあるJRや私鉄、地下鉄の駅に向かって帰宅するわけです。そうすると、★まっと★が乗るバス停は本当に寂しいほど、人がいないわけです。しかし、道路を挟んで反対側にはバス乗りきれないほどの生徒たちであふれているのです。(当時、地下鉄『いりなか』駅はなかったのです。)
また、ここのバス停は大変なんですよ。南山中学・高等学校にいは男子部と女子部があって各学年200名ずつ、各部1200名ですから南山だけで2400名。そして、体育会で有名な中京高校があり、日本福祉大学付属の当時立花高校も同じバス停を利用していました。また、日本福祉大学も知多半島に移転するまで同じエリアにありましたからバス停は同じところを利用していました。学校が終わるのは殆ど同じなので、ごった返すというよりも、ぞろぞろと人が歩道からはみ出している状態でした。しかしながら、★まっと★のバス停はものの見事にがらがら・・・・・。なぜなら、皆とは反対に向かうわけですからごく僅かの人しか★まっと★が立つバス停にはいないわけです。人間とは不思議なもの・・??というか、★まっと★がおかしいだけかもしれませんが、当時から『人』が大好きでしたから、自分も皆がいるバス停に立ちたかった・・・・。そして、みんなと一緒に込み合ったバスに揺られたかった。そして、実行。
結局、毎日のように自宅とは反対を向いてバスに乗ったのです。そして、『栄』という名古屋の中心地まででかけ、今度は『平針』まで、また長時間かけて帰宅するわけです。なんだかそれでも楽しかったですね。友達とおしゃべりしながら、バスに揺られ、30分ほどの道のりを遠回り???して2時間ほどかけて、帰宅するわけです。
時々、父が指導教員としてバス停のあたりを下校時間に見回るのですが、反対向きのバス停に立っている★まっと★を見て睨まれましたが、それでも、やめることはありませんでした。時々はまっすぐ帰宅しましたよ!!見たいテレビ番組があったり、ためこんだ宿題があったりしたときは・・・。
通学路は帰路とはまったく別で、★まっと★は定期券を持っていなかったのです。★まっと★も姉・敦子も父が勤務する学校に通っていたわけですから、当然の事ながら父の車に便乗して通学していました。よって、片道分のバス代だけでは定期券のほうが高くつくわけですよね。それで、定期券の購入はしていませんでした。
通学はかなり楽をさせてもらってました。その楽珍さが仇になったことが一度あります。
朝起きて準備して学校にいくのですが、父の車に乗り込み学校に到着、冬服(学生服)のときでした。車を降りるまで気がつかなかったのですが、学生服を自宅に忘れてきてしまったんです。一日中本当に寒かったです。シャツ一枚で一日を過ごしました。そんな生徒ほかにはいませんよね。授業が始まっても先生が『おい福山、上着はどうした?』と聞かれ、『休み時間中に暴れていて暑いんです。』といいながら、歯がガタガタ鳴ってました。教室では真っ黒の学生服のなか、白いシャツが一人だけでは目立ちますよね。『楽』をしすぎてとんでもない目にあいましたよ!
当然、その日は道草もせずにまっすぐ短時間で帰宅しましたよ。一度だけですが、忘れられない思い出です。
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