So-net無料ブログ作成

エッセイ『友達をつくる』(少年期) [『ぶん★文★ぶん』]

さぁ、中学校に入学して、どうしても友達がほしかった★まっと★。何からはじめるべきかと試行錯誤しました。まずは目立たなくてはならない。そう考えました。恥ずかしいことは何もないわけです。だって、同じ小学校出身のクラスメイトは一人もいないわけだし、自分の過去を知っている人間は周りにはいない。なんとも好き勝手に振舞える条件はそろっていました。たぁ、自分が何かをすれば父に迷惑がかかるということだけは完全に頭から消えていましたね。父・徹が勤務する学校に通うことに伴う最低限のマナーを、脳みその中から完全消去していたんですね。
まずは、授業内容がわかっていてもわかっていなくても先生に質問をする。どんな科目でも質問する。先生にウザイ奴だと思われても、とりあえず質問魔。くだらないことでもなんでも・・・・。まったくもって間抜けな話ですが、自分の存在をアピールする。自分がまた小学校時代に逆戻りしないように、『ここに福山はいるぞーっ!』っと毎日主張しましたね。一番怖かったのは一人ぼっちの学校生活だったのかもしれません。
いくら質問しても目的は『目立つこと。』だったわけですから、先生が質問に答えてくださっても何も聞いているわけではありません。勉強のほうは相変わらず低値安定でした。何にでも興味を示し、中途半端でもとりあえずやってみる。あのころはかなりのチャレンジャーだったかもしれません。今は年齢と共に大人になったというよりは面倒だという意識が先に働いてしまうようです。情けないですね。
誰とでも話をしたし、友達の家にもお邪魔するようになりました。小学校時代は友達がいなかったから、他人様のおうちにお邪魔するといった経験がなかったので、とても最初は緊張しました。どう振舞えばいいのかさえわからなくて困惑状態でした。友達のお母さんの前ではめちゃくちゃ緊張して挨拶さえもまともにできないほどでした。でも、だんだんと慣れてきて、友達と出かける楽しさ、友達のお宅にお邪魔する楽しさを知りました。
結構、大変でしたよ!でも、自分が変わらなくっちゃって思っていたから必死だったし疲労感はなかったです。高校までの6年間にいは親友もできました。今考えてみても間違ってはいなかったかな??その友達たちと距離が出てくる要因になったのはみんなと同じ進路ではなかったからでしょうね。南山学園の場合、200人で中学一年生をスタートし、高校3年生までその200人のなかでクラス替えが毎年行われるだけです。一学年4クラスしかないわけですから、6年間の間には殆どの連中と一度は同じクラスになります。そして、そのうち多くが南山大学への進学になるわけですから、そうすると10年間の付き合いということになります。そこまでになると一生の友達です。しかしながら★まっと★は音楽大学へ進学しましたから、高校時代の友人は皆ここでストップしてしまったわけです。
また、自分の結婚を機にそれまでの自分の友達に連絡を一切しなくなりました。それは★カレン★ちゃんが英国を離れ、友達も知り合いもいない日本で生活を始めようという中、自分の友達を大切にしすぎると、★カレン★ちゃんに申し訳ないと思ったからです。自分の友達は★カレン★ちゃんの友達であってほしかったし、★カレン★ちゃんの友達は自分の友達であってほしかった。即ち、自分たちの周りに二人の共通する友達を一緒に作っていくべきだと考えたのです。間違いではなかったと思っていますが、自分のそれまでの友達にしてみると★まっと★は消息不明になってしまったわけですね。かなり勝手な★まっと★ですね。結婚当初は仕事もプライベートも殆ど★カレン★ちゃんと一緒でした。一日24時間一覧性夫婦のように寄り添って生活していましたから、二人共通の友達しか周りにはいませんでした。時代の流れと共に、今では★カレン★ちゃんには★カレン★ちゃんの社会があり、★まっと★には★まっと★の社会があります。ですから、お互いの共通ではない友達もいますが、それはそれでとても大切なことなんですよね。
ごく僅かではありますが高校時代の友達といまだに付き合いが復活しています。一生の『友』になれる連中ですね。
現在ではインターネットで★まっとらんど★を通し本当にたくさんの出会いがあります。だから、毎日が楽しくて仕方ありません。喜ばしいことだと思っています。また、これからもたくさんの皆さんにであって、お友達になり素敵な日々を送っていきたいと考えています。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。