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Chinto物語 その38 [Chinto物語]

■ヒヤチント物語 (NO.38)
健康に恵まれ、弓道と言う精神的にも、肉体的にも支柱に支えられて、安定した毎日を過ごせるこの幸せを心から有難いと思う今日この頃です。 神に感謝!
今回は、我が家の一人息子(福山 孝)のお話に触れましょう。孝君は、昭和33年2月14日に星が丘の病院で生まれました。予定日よりも遅れて生まれただけに、大きな赤ん坊で、お産も大変だったようです。生まれる時から母さんに苦しみを負わせていたようです。孝という名前は、私の尊敬する札幌のカトリック司教だった富沢孝彦司教様の「孝」を戴いて付けました。
まだ幼稚園に入る前から、2歳上の姉、敦子のオルガン教室に母,サワミに連れられて行き、教室の外から、オルガンの音に、ドとかソとかミとかを正確に大声で叫んでいたそうです。姉の方は、途中で、止めましたが、孝は、音楽に興味があったのか、その後、オルガン教室、そしてピアノ教室と進み、小学校時代からピアノの個人レッスンを受け、南山中・高の時もピアノを続け、名音大に進学というピアノとは縁の切れない道を歩きはじめました。余程、音楽に興味があり、多分才能もあつたのかもしれません。音楽の道を選んだのですから。
大学の四年の夏休み、ショパンの生まれ故郷ポーランドに留学し、ショパンに熱中するようになったようです。ところが、ポーランドから帰国してから、大学に行かなくなったのです。卒業前だというのに?困った私は、息子に、名音大を卒業してから、外国の音大の大学院に留学すれば、と言いました。次の日から大学に行き始めました。あきれた奴です。
無事、卒業し、今度は、留学先の選択です。イギリスに決定。そしてカレンとの出会い。
その後は次回のお楽しみということにします。


■★まっと★のコメント
今回も若干の訂正箇所があります。小学校に入る前から個人レッスンは始まっていましたね。オルガン教室は姉・敦子よりも一年遅れてはじめましたが、かなり退屈なものでした。ですのですぐにやめてしまい、姉が師事していた佐藤和子先生のところにすぐに変わったのです。
音楽とはもう離れられない生活ですね。このまま一生ピアノを弾き続けられたらと思っています。本当に幸せな人生。神に感謝すると共にやはり、両親にも深く感謝しています。

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KOZOU

やはり幼い頃から才能に恵まれていらっしゃったんですね(*^_^*)
好きなことを仕事としても生き甲斐としても一生続けられる、最高の人生ですね(*^_^*)
by KOZOU (2009-04-30 22:41) 

★まっと★

KOZOUさん(●⌒∇⌒●)
もっともっとこの分野での才能を持った方たちは居ますが、自分のできる範囲で一生がんばれたらいいなって思っています。
by ★まっと★ (2009-05-01 06:15) 

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