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Chinto物語 その5 [Chinto物語]

■ヒヤチント物語 (NO.5)
マレット神父様は、当時、三高の英語の教授でした。私も三高で英語の授業を受けました。日本語は、授業中、一切話されず、発音の綺麗なお方でアメリカ語でした。当時、三高には学生寮があり、私は入らなかったけれど、三高生が沢山入っていました。原因は知りませんが、その寮が火事で全焼して多くの三高生が焼け出されたのです。その時、自分の宿舎に、焼け出された三高生を引き受けて、一緒に生活をして下さった方が、マレット神父様だったのです。そこからマリアの家が始まったというわけです。私は、寮に入ってなかったので焼け出されずに済みましたが、マリアの家には入れなかったと言うわけです。その後、神父様は官舎を出て、拡大して正式にマリアの家を作り、焼け出された学生のみならず、三高生だけでなく、他校の学生も引き受けて一緒に生活することになり、私もマリアの家にお世話になったというわけでございます。マリアの家では、一切、日本語で話をすることが出来ないというのが、第一の禁止事項でした。すべて英語で喋ると言う世界でした。名前もクリスチャンネームで呼ぶということで、我々信者は霊名があるので霊名で、信者じゃない者は、神父様が、一人一人クリスチャンネームをつけて下さってお互いに呼び合うという生活。学生としては(当時の)恵まれた楽しい生活でした。私は喋れないので、家の中では,黙って聞くだけ、外に出て日本語で喋るということをしていましたので少しも英会話はうまくなりませんでした.今,考えると全く残念です。本来なら平針(名古屋の自宅)辺りはカレンさんを中心に英語が飛び交わされていたことでしようにね。


■★まっと★のコメント
父。徹はこのように言っていますが、会話・・とまで行かずとも自分と★カレン★が結婚した当初、カレンがまだ日本語を話せないでいたときでも、我々の会話を聞きながらうなづいたり、微笑んだりしていましたから、絶対に我々の会話はまずほとんど理解できているのでしょうね。それはこのマリアの家で養われた英語力だったんですよね。でも、話すことはなかったです。会話にはならない・・。日本語でもあまり話さない人でしたから・・・。それが現役を退官した今はよくしゃべってますよね。不思議なほどです。
そうですよ、我々の結婚式披露宴終盤のとき、父の謝辞を今でも覚えています。『カレンには一日でも早く日本語を流暢に話せるようになってもらい、我々は老体に鞭打って英語に取り組もうと思っております。』そういったのは誰?
証拠のビデオもちゃんと残っていますよ。お見せしましょうか?ヾ(@゜▽゜@)ノ 
nice!(5)  コメント(6) 

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コメント 6

ちゃーちゃん

お父様がビデオを見たらなんておっしゃるでしょうね
今はカレンさんが日本語を流暢にお話しされますから、お父様は不都合が無い訳ですね\(◎o◎)/
by ちゃーちゃん (2009-03-27 16:28) 

★まっと★

ちゃーちゃん(●⌒∇⌒●)
もともと英語も話せるはずなんですよ・・・あの人は・・
大学時代、英語漬けの学生寮で過ごしていますからね。
.:♪*:・'(*⌒―⌒*)))ニコッ♪
by ★まっと★ (2009-03-27 16:33) 

KOZOU

マレット神父さん、えらいですね。
焼け出された学生を引き取り。
ただ英語オンリーというのがきつい学生もいたでしょうけれど。
英語ですべてを話すというのは上達の最短距離なのでしょうね。
いやでも憶えないとすべて意思疎通ができないのですからね。
by KOZOU (2009-03-28 03:59) 

★まっと★

KOZOUさん(●⌒∇⌒●)
ですので、父に英語力は絶対にあるはずなのですが、あまりしゃべらないですねぇ。。。
(ヘ;_ _)ヘ 爆 (ヘ;_ _)ヘ
by ★まっと★ (2009-03-28 08:06) 

gyaro

マリアの家での生活。
素晴らしいですね。
自分は、日本語オンリーなので、
お恥ずかしいのであります。。。^^;
by gyaro (2009-04-01 03:41) 

★まっと★

gyaroさん(●⌒∇⌒●)
父の英語力というのは実際のところ自分もわからないです。
ただ、英語は殆ど理解できているのは事実ですね。
もともと、無口な父でしたから・・・。
by ★まっと★ (2009-04-01 07:47) 

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