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Chinto物語 その2 [Chinto物語]

■ヒヤチント物語 (NO.2)
五島には帰ったものの、じいさん、ばあさん相手に畑仕事を手伝いながら両親が上海から引揚げて来るのを待つ毎日が続きました。五島は、ご承知のようにキリシタンの島ではないですか。そこで、退屈しのぎに教会巡りでもやろうかなあと思い、上五等の教会を歩いて訪問し始めたのです。榎津から歩いて一時間位かかる所に、鯛の浦と言う所があり、そこの教会を訪問した折に、神父様がみえて話しかけて下さるのです。とても良い神父様で、気も話も合いそうな方で、それ以来、度々、鯛の浦まで歩いて教会通いが始まったと言うわけです。両親が引揚げてきたのが、昭和21年ですので、約1年間、百姓の手伝いと鯛の浦通いの生活が続きました。戦争には負けるし、将来の見とうしもない最も精神的に行き詰まった時でした。それだけに教会というのが強く心に感じられたとおもいます。待ちに待っていた家族もやっと引揚げて来たし、さて、これから私はどうやって生きれば良いのでしょうか?と真剣に悩みました。どうしても、もう一度、学校に行って勉強したいと言うのが結論でした。次は、京都の生活、つまりチントの名づけ親が出現します。


■★まっと★のコメント
結構、このあたりはあまりよく知らない部分なんですよ。五島に帰ってきてから祖父母の引き上げまでに一年間もあったというのは始めて知りました。
やっぱり、五島列島でも鯛の浦の教会は有名ですものね。

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コメント 6

gyaro

退屈しのぎから始まった教会めぐり。。。
きっかけはどうあれ、その後も続けて訪問されたと言うことは、運命だったんでしょうね☆
素晴らしい出会いだなとしみじみ感じました。
以前、自分の両親の過去について考えたことがあります。でも照れくさくて聞けなかったのです。そしてその興味を放置していたことを思い出しました。今なら聞けるような気がします。しかし、聞くまで話をしてくれない私の両親。。。^^; このままずっと何も語らずにいるつもりなのだろうか。。。と、ふと感じてしまいました。
by gyaro (2009-03-24 11:19) 

ちゃーちゃん

こんにちは‼
ご両親の歴史が聞けてこうして記事に残せるのは幸せですね。
波瀾万丈の人生かもしれないし、バラ色の人生かもしれないしく興味があります。
私の両親はいませんが、田舎暮らしのの平々凡々の人生だったと思います。
by ちゃーちゃん (2009-03-24 11:27) 

★まっと★

gyaroさん(●⌒∇⌒●)
五島列島といえば隠れキリシタンを思い浮かべる方が多いと思います。
五島の父の実家はカトリックとはなんら関係がないのですが・・・もともと卑弥呼の時代から水軍として海賊のようなことをしていたらしいので・・・
(ヘ;_ _)ヘ 爆 (ヘ;_ _)ヘ
ただ、里が五島だっただけに上海から戻った父にとってカトリック教会とのめぐり合いは簡単だったのでしょう。
父は退官してから人間らしさを取り戻したような気がします。
現役時代の父は本当に語らない人でした。
gyaroさん
ご両親は尋ねられるのを待っていらっしゃるのかもしれませんよ。

ちょーちゃん(●⌒∇⌒●)
そうですね。
長年子供として一緒に生活をし、育ててもらったわけですが、こうして紐解いてみないと知らなかったことが多いです。
父がこうして書き残してくれたのは2003年のこと。
今でも両親が元気でがんばっていてくれること、本当に感謝です。
by ★まっと★ (2009-03-24 12:36) 

KOZOU

お父様の苦悩わかる気がします。
純粋に国のためと陸士に。そして突然の敗戦、茫然自失されたでしょうね。
神父様のお話、心に沁みられたでしょうね。
おそらく人生で一番お辛かったのではと思います。

続き、楽しみにしております。
by KOZOU (2009-03-24 21:34) 

★まっと★

KOZOUさん(●⌒∇⌒●)
あの時代のお話ですから、お国のため・・これが純粋な若者の思考方向だったのだと思います。
50回の連載・・・自分も必死で予約投稿しているのですが、なかなか追いつきません。
( ^-^)_旦""さいごまで読んでやってください。
よろしくお願いいたします。
by ★まっと★ (2009-03-25 08:16) 

KOZOU

最後まで楽しみにしています。
どうかゆとりのあるときにです(*^_^*)
by KOZOU (2009-03-25 19:24) 

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