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エッセイ『中学受験』(少年期) [『ぶん★文★ぶん』]

・・・・中学を受験する★まっと★

★まっと★がどうして中学受験に決めたか・・・・ここにはいくつかの理由があります。まず、一年前に姉・敦子が南山中学校女子部を受験し合格していたこと。当時、南山学園は祝祭日とともにカトリックの祝日も休校だったので公立の学校よりもお休みが多かった。それはかなり大きなポイントだったかもしれません。まだ子供の考えることですから、休みは多いほうがいいですよね。父が南山の教職員でしたし、姉が南山中学校に通っていたので姉も父もお休みが同じです。自分だけ公立の中学校に行ったら、家族の中で自分だけ学校という日ができちゃう。それは絶えられないことでした。だから、自分なりに一生懸命勉強したんです。でも、勉強の仕方がわからなかったですね。自分はそんなにできの悪い頭だとは思っていなかったので、ちょっと勉強すれば何とかなると信じていましたが、それが結構大きな勘違いでした。成績はなかなかあがらず、受験といってもあまりぴんときていない自分がいました。でも、それなりにがんばったんですよ。
反対したのは母でした。わざわざ、すき好んで父のいる(当時、父は南山中学高等学校男子部に勤務)学校に行くことはないじゃないかといっていました。父の仕事がしにくくなることは明確でしたからね。母は息子の出来はちゃんと理解していたようです。たとえ、合格したとしても、トップにいられる頭・・・というよりは性格ではなかったですからね。でも、強引に★まっと★は自分の意思を通しました。
どうして受験したかったかという理由の中にもっとも大きな要因があります。それは小学校時代の同級生とどんなことをしても同じ中学校に行きたくなかったこと。新しい世界に、誰も知らないところに行きたかった。12歳の★まっと★にとっては単純にして明快な決断だったんです。あまりにも納得の行かない小学校生活を送っていましたから、新しい顔が集う中学校に行きたかった。このまま地元の学校に進学したら、自分の生活は小学校時代とまったく変化がないことを知っていたからでしょう。つらく長い小学校生活の延長ではあまりにも自分がかわいそうだと思ったのです。
南山中学校に入学したら、ああしよう、こうしようといろいろと考えていました。考えるのはあく前も合格を前提にしたお話で、合格するための勉強のことは、ちょっとお座なりになっていました。父も母もどうせ受験するなら当然のこと、合格してほしかったでしょうね。でも、当のご本人様(★まっと★)は入学してからのことしか考えてなかったわけです。両親をやきもきさせてことでしょう。
受験番号・・姉のときも★まっと★のときも入学願書提出は父・徹がしてくれました。姉の受験番号が55番でした。当時、巷で流行っていたコメディアンは「コント55号」、姉の受験番号と「コント55号」にあやかって、自分も55番の受験番号がほしかった。ラッキーなことにちゃんと55番をゲットしてくれた父には本当に感謝しました。
★まっと★は両親や他の皆さんの心配をよそにのんびりペースで勉強してましたが、どうにかぎりぎりで、いや、ほとんどドベの状態ではありましたが、合格させていただいたのです。南山中学の合格発表の日、55番の番号、しかも、父の字で。。。。。なんだかうれしかったですね。
それで、合格発表を見てでっかい封筒をいただいた後に、腕時計を買ってもらいに時計屋さんにでかけました。これで新しい世界の扉が開き、自分の生きる道にちょっと光が見えたように思いました。小学校時代の自分は卒業と同時にあの古ぼけた校舎に置いていこう。新しい自分を今から作っていくんだ。心の中で本当に強い意思を固めました。
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