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エッセイ『お引越しと転校』(少年期) [『ぶん★文★ぶん』]

・・小学校を転校して少年時代は悲惨な転落

姉が病院から帰ってきたのは★まっと★が幼稚園を卒園するちょっと前のことでした。本当にうれしかった。でも、姉の脚にはでっかいギブスがつけられていました。小学校の中学年まではそのギブスをはずすことはできなかったですね。お風呂に入るとき以外はいつもギブスをしていました。それでも、やっぱり家族が同じ家に住んでいることは★まっと★にとって、とてもうれしいことでした。成長する姉の体型に合わせるため、ギブスも買い換えなくてはいけなかったし、両親にとってはかなり負担が大きかったのではないでしょうか?それでも、父も母も引越しを考えていました。決して手狭になったわけではないと思うのですが、一軒家は母の夢だったのかもしれません。
愛知県の分譲住宅を片っ端から申し込み、抽選で外れては次の分譲住宅に申し込む、、、、この繰り返しで、当時はハウジングセンターなどというものは存在しなかったので、毎週末は家族で新しい分譲住宅を見学に出かけていました。いつも、『このおうちに引っ越すのかなぁ・・?』と思いながら、新しい家について職員の方と両親が真剣に話している間、姉ときょろきょろしながら走り回って遊んでいました。見学に出かけた分譲住宅の数は覚えていませんがかなりの数でした。そして、昭和39年に平針の現在の住所の家に抽選で当たったんです。まぁ、なんとも田舎で、、、、バスもなければ学校までも遠い。★まっと★としてはかなり不満足。道は舗装されていなかったし、山を切り出して住宅を建てていたので赤土で雨が降るとぬかるんで歩きにくいんです。石垣の上に家が建っているのですが、玄関までの階段もなかったんですよ。雨の後はずるずると滑りながら玄関まで到着。ひどいものでした。
そして、★まっと★が小学校1年生だった夏休みにこの家に引っ越し、1年生の2学期に転校したことになります。姉・敦子は脚にまだギブスをしていて不憫な生活を送っていました。当時、引っ越す前の星が丘というのはまだまだ今に比べると名古屋の田舎でしたが、(ちょっと歩いて山に出かけると狸が出ましたからね。)それなりにお坊ちゃん幼稚園に通った★まっと★としてはシティーボーイ気取りだったんですよ。それが、平針に引っ越したらなんともびっくり。小学校の建物は木造だし、子供たちは本当に田舎の人って言う感じ、ちょうど平針に件の分譲住宅と県営住宅が立ち並ぶようになり、福山家のような新参者と昔から『地の人』とがそれなりに行き違いがあったように思います。子供ながらに不況和音を肌で感じました。
両親が心配したのはそんな状況下で身体に当時障害があり、しかも見慣れないギブスをつけた小学2年生の女の子、姉・敦子がなじめるかどうかということです。★まっと★は五体満足でブクブクと太ってるだけの男の子でしたから、何も心配はいらないと思ったんですね。しかし、両親の『読み』とは裏腹に姉は強く、その土地に順応していったんですよ。しかしながら、★まっと★はこの平針という土地に自分を合わせることがあまりにも下手でした。授業の合間の休み時間には姉の教室の前で一人で泣いてました。学校に行くのが本当に嫌でした。しかし、自分では姉のほうがもっと大変なはずだし、両親に心配をかけてはいけないという気持ちだけはいつも持ってましたから、家では内弁慶のごとく元気に振舞っていました。しかし、今考えてもおぞましいほど、小学校時代の自分は情けなかったです。行きたくなかった小学校。でも、症状として登校拒否症候群にはなりませんでしたが、精神的にはかなり苦痛の6年間でした。目立たない存在で、学校にいるときは口数も少なかったんですね。今風に言えば、いろいろな形でかなりいじめられていました。それでも、普段の顔で家に帰ることが使命だと考えていました。学校が終わると必死で走って家に帰りました。母親と一緒に買い物に出かけるのが唯一の楽しみで、母親が買い物に出かける前に帰宅しなくては楽しみがなくなっちゃうんです。必死で走りました。
体育の授業で着替えるとき、ブリーフをはいていたのは★まっと★だけだったんですよ。『地の子供』たちはみんな白いボクサーパンツとでも言うのでしょうか?今では誰でも当たり前ですが、当時は白いデカパンにしか★まっと★にはみえなかったけど・・・。子供たちもそんなパンツをはいていました。それで、★まっと★にとっては当たり前だったブリーフを見られて、『三角パンツ』って言われて脱がされたり大変でした。どれだけ泣いたことか・・きっといじめてるほうは何も覚えていないのでしょうが、いじめられたほうはそれは『怨』となり心に深く刻まれるものです。今でも平針に住んでいますが、当時の同級生に出会うこともありますが、笑って当時を振りかえるということは★まっと★にはちょっとできません。とにかく、自分にとっては『地獄の生活』が始まる引越しになってしまったんですね。
子供たちは『片足のジャック』と姉のことを罵っていました。★まっと★はその弟だと言われるだけでかなり凹んでしまいました。姉は言い返していました。★まっと★は、それまで『不憫でかわいそうなお姉ちゃん・敦子』という姉に対する気持ちがあったのでしょうが、それからは『強くて頼もしいお姉ちゃん・敦子』に心の中での姉に対する気持ちが変貌していきました。よく★まっと★はシスコンだと言われますが、多分、幼少時代のかわいそうな姉、そして、引っ越して小学校での姉の姿を見ているうちに『お姉ちゃん大好き人間』になっちゃったんでしょうね。

幼稚園でも優等生でチヤホヤされる毎日。星が丘時代はそれなりに小学校生活を楽しんでいたのですが、その生活もほんのつかの間(一学期間だけ)でした。一年生の2学期から引越しを機に、★まっと★の少年時代は悲惨な転落を迎えてしまったのです。6年間は長かったなぁ・・・・・・。
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