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Chinto物語 その20 [Chinto物語]

■ヒヤチント物語 (NO.20)
またまた、前回のチント物語には、皆さんのご指摘のように、記憶違いやら、間違いがありましたので訂正致します。敦子さんも短期間、松葉杖をついていた事があるようですが、平成元年から二年間も松葉杖をついていたのは、車に引かれて、救急車で愛知医大に運ばれた、私でした。敦子さんは、五年もの間、骨に負担が掛からぬように、固定する器械をつけ、片方の足は、高下駄でしたよね。意地悪されて、隠されたのは、松葉杖ではなく、高下駄でしたね。お詫びして訂正申し上げます。ゴメンナサイ!それにしても敦子さんは、良く辛抱して我慢しましたね。オリコウさん。孝君もオリコウさんでしたね。敦子さんも孝君も、小学校は、星が丘と平針を経験したわけですが、どっちの小学校が楽しかったかの意見が二人で異なっているのもメールから知り得て、興味ある出来事の一つでした。その当時は、私は、毎晩、飲みに出かけて余り子供と顔を合わしていない時代でしたよね。それでも、休まず、毎日、朝早く、出勤してとても元気なお父さんという感じではなかったですか?
良く遊び、良く働いた時代でした。反対に、母さんは、最も精神的にも金銭的にも悲劇の主人公だったようですが?過去があるから現在があるのです。現在を最も大切に致しましょう。このようにして、子供達は、母さんの並々ならぬ子育てのお陰で、グレもせず、順調に育ち、二人共、一年違いで、南山中学に入ることになります。南山は、男子部、女子部に分かれていますから、別々の学校ですが、これからは、親子関係に更に、先生と生徒の関係が生じてきます。
南山の生徒だったお二人のことは、次回にしましょう。


■★まっと★のコメント
父さんも長い人生のなかで、いろいろと記憶違いや思い違いが生じるのも仕方ないでしょう。しかしながら、それだけいろんなことがあり、波乱万丈な人生だということではないでしょうか?また、その生きてきた道を、家族みんなで紐解いていくのも楽しいものです。何一つ悲しすぎて、つらすぎて立ち直れないことってなかったんですね。それぞれに自分の生きる方向性を見出して、父さんは夜の街へ出かけ、姉・敦子は高慢チキながらも生きるすべを発見し、★まっと★自身は年齢と共にちゃんと成長したように思います。母・澤美はどちらかというと★まっと★と同じで『主人公』になりたい性格ですよね。当時の主人公はなんと言っても姉・敦子でしたから、辛抱してる間にいろいろなことをちゃんと覚えてる・・・・。父・徹が言うように『母さんは、最も精神的にも金銭的にも悲劇の主人公だったようですが?過去があるから現在があるのです。現在を最も大切に致しましょう。』・・・・。この父さんのフレーズにもまぁ、父・徹らしい生き方を感じますね。学校教員の妻である母・澤美は父が修学旅行に出かける度に寂しい思いをしたことでしょう。福岡から出てきて、九州訛りの言葉も抜けない若い母、お味噌の色の違いに驚いたり、周りの皆さんに親切にされながらもやはり寂しい時代はあったはず。そんななか、覚えたのがタバコだったのでしょう。不在の父の吸殻からシケモクがはじまったとか・・・・。精神的には『おしん』状態だったかもしれません。『金にはこまらないように・・』と溜め込んだへそくり。それは時代は高度成長期だったこともあり、株式投資へ。大きなお金を作るようになっていきましたね。・・・・・そう、ほら、お母さんもちゃんと生きる道を見つけてるじゃないですか。そして、そんな時代があるから、自分も留学させてもらえたし、カレンにも出会えたし、結婚できたし、今の幸せがあるんですよ。父さんが言う『過去があるから現在がある。』というのも安易に理解できたりします。残念なのは、バブルはやっぱり泡でしかなかったようですが・・・。


■姉・敦子のコメント
小学校時代のお父さんのイメージ!!!!!朝早くは確かにでかけてましたよね!でも、元気なお父さんかどうかは、自分のお父さんしか知らないから分かんないなぁ~。家でのお父さんは、音楽を聴くか、テレビを見てるか、寝てるかだったような気がするので、元気というイメージではなかったです。でも、お父さんと一緒にいることは好きでした。
休日の朝、まだ我々が寝ている時から、大きな音でクラシックが流れ、起きるとステレオの前でよくお父さんが指揮をしてたのを覚えてます。
花電車(名古屋まつりには市電が飾られて市内を回っていました。)を追いかけてくれたり、コーヒー屋さんや外食に連れていってくれたり、サーカスやディスニー映画にも行きました。長島温泉には確かに連れていってもらってないけど、私にとっては、素敵なお父さんでしたけど・・・・今でも?!
父上は父上の、母上は母上の役割をちゃんとはたしたので、何とか子供もこのように育ったのでありましょう!最近、この年になってきて、人間の生き方とか考え方の根本って、やっぱり幼少時代の教育で養われるとつくづく思います。
今思い返せば、結構素敵な家族に囲まれ、回りの人々も親切で、ちゃんと教育もされ、恵まれた幼少時代だと思います。
父上も母上も子供がそう思ってるということは、がんばった甲斐があったというものではないでしょうか?????
・・・なんて・・・・ねぇ~!できは、まぁ~まぁ~かもしれないけど、まぁ~こんなもんでしょう!
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コメント 8

いわもっち

おはようございます。
昨日は、セミナー運営やら、顧客接待で、ふらふらです。。
今週末は東京で、のんびりします。
まっとさんも、良い週末をお過ごしください。
by いわもっち (2009-04-11 07:03) 

★まっと★

いわもっちさん(●⌒∇⌒●)
この週末は東京ですかぁ。
昨日はおつかれだったようですね。
のんびりとお過ごしください。
東京でもいわもっちさん、ゆっくりされる場所をご存知のようですし、おいしいものを食されのんびりと・・・ね。
by ★まっと★ (2009-04-11 08:41) 

ちゃーちゃん

お母様は其れ也の気苦労や寂しさがあったとしても
平均点以上の生活を送って来れましたね・・・
絵に描いた様な凄く幸せなご家族だったと思います。
by ちゃーちゃん (2009-04-11 08:57) 

★まっと★

ちゃーちゃん(●⌒∇⌒●)
両親も若い頃にはそれなりにいろいろとあったと思います。
でも、結局今でも仲良く暮らしていますから・・
全ては素敵な思い出になっているのでしょう。
by ★まっと★ (2009-04-11 12:33) 

KOZOU

味噌の色、そうですね(*^_^*)
わたしも東京で白いのに驚きました。
逆にラーメンは黒い(^_^;)
お母さん、株式で、すごいですね(*^_^*)
by KOZOU (2009-04-11 17:56) 

★まっと★

KOZOUさん(●⌒∇⌒●)
母の株・・・すごいですねぇ・・
へそくりを溜め込んで自分を英国に送り出してくれました。高度成長期のあと、バブルの時代だったからでしょうか。。。。
by ★まっと★ (2009-04-11 20:25) 

gyaro

記憶というのは面白いものだとつくづく思います^^
ある学者さんの研究によると現在とは7秒間しかないそうです。それ以外はすべて過去で、記憶もどんどん作りかえられるなんて話を聞いたことがあります☆
毎晩飲み歩きをされて毎朝お仕事に出かける生活も
美しい記憶のように感じました♪
by gyaro (2009-05-03 07:26) 

★まっと★

gyaroさん(●⌒∇⌒●)
あの時代の父には本当に会うことが少なかったかもしれません。
でも、現在、家もあるし、父が仕事上で尽力した仕事の成果は残っているわけですから、それはそれで、父の大切な歴史なのだなって思っています・
by ★まっと★ (2009-05-03 07:52) 

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